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シェーンベルクが積極的に無調の音楽を書くようになった背景
知られざるエマヌエル・バッハ (C. P. E. バッハ) を紹介するサイトです.
シェーンベルクが積極的に無調の音楽を書くようになった背景
1.調性音楽の限界に対する認識
シェーンベルクが無調を選んだ大きな理由は,伝統的な調性音楽が表現できる範囲に限界を感じたためです.
- 調性の拡張から崩壊へ: ロマン派後期の作曲家(特にワーグナー,マーラー,リヒャルト・シュトラウスなど)は,半音階や頻繁な転調を用いて調性を極限まで押し広げました.これにより,調的中心が曖昧になり,調性の枠が崩壊しつつあると感じられるようになりました.
- 新しい表現の必要性: シェーンベルクは,自身の内面的な感情や思想を表現するために,調性という枠組みを超える必要があると考えました.
2.哲学的・美学的影響
無調音楽への移行には,当時の哲学や美学の影響が見られます.
- 表現主義の影響: シェーンベルクの無調作品は,感情の極限や内面の葛藤を描くことを目指す**表現主義(Expressionism)**の影響を受けています.表現主義は,現実の表層的な美しさよりも,内面的な真実や苦悩を表現することを重視しました.
- 自由な自己表現: 無調音楽は,伝統的な調性音楽における「秩序」からの解放を意味し,作曲家自身の内面的な声に従う自由な創造の手段と見なされました.
3.時代背景と文化的要因
シェーンベルクの無調への移行は,19世紀末から20世紀初頭の激動する時代背景とも関連しています.
- 社会的混乱と不安: 20世紀初頭は,第一次世界大戦前の社会的・文化的緊張が高まっていた時期でした.既存の価値観や秩序が揺らぐ中で,シェーンベルクは音楽においても新しい秩序を探求しようとしました.
- ウィーンの文化環境: シェーンベルクが活動していたウィーンは,当時,芸術や哲学,心理学(特にフロイトの精神分析)が進化する知的中心地でした.これらの影響を受け,シェーンベルクは音楽の新たな方向性を模索しました.
4.技術的探求と革新への志向
シェーンベルクは,音楽の構造的な側面に強い関心を持ち,新しい作曲技法を開発しようとしました.
- 調性の枠を超えた音響の探求: 無調は,すべての音を平等に扱うことで,音楽の新しい秩序を模索する手段として使われました.シェーンベルクは,調性に基づく「主音」や「従属音」のヒエラルキーを解体し,すべての音を同等に扱おうとしました.
- 十二音技法の開発: 無調の音楽が混沌とした印象を与える中で,シェーンベルクは秩序を回復する手段として十二音技法を後に開発しました.この技法では,12の音すべてを一度ずつ使用する音列を作り,それに基づいて作曲することで新しい構造を提供しました.
5.初期無調作品の具体例
シェーンベルクの無調への移行は徐々に進行しましたが,次の作品がその転換点とされています.
- 《弦楽四重奏曲第2番》(1908年): 最終楽章で調性の崩壊が顕著になり,無調への兆しを見せました.
- 《Erwartung [期待]》(1909年): このモノドラマは,心理的な緊張と不安を無調で描き,調性を完全に放棄しています.
- 《ピエロ・リュネール》(1912年): シェーンベルクの無調時代の代表作で,スプレッヒシュティンメ(語るような歌唱法)を用い,調性的な枠組みを完全に脱却しました.
無調音楽は当時の聴衆や批評家から強い批判を受けましたが,シェーンベルクは自らの音楽的信念を曲げることはありませんでした.
- 芸術の進化: シェーンベルクは,音楽の進化は「伝統を破壊するのではなく,拡張すること」にあると考えました.無調は調性音楽の破壊ではなく,自然な進化の結果だと見ていました.
- 先駆者としての自負: シェーンベルクは,自分が音楽の未来を切り開く役割を担っているという強い使命感を持っていました.
結論
シェーンベルクが積極的に無調の音楽を書くようになった背景には,調性音楽の限界への認識,内面的感情の表現を追求する表現主義,時代の社会的・文化的混乱,新しい音楽秩序への技術的探求が含まれています.彼の無調音楽は,それまでの音楽の枠組みを超える挑戦であり,同時に音楽史における新しい可能性を切り開く革新でもありました.
ChatGPT4o にききました: 「ロマン派では感情表現のために無調を避けていたのにシェーンベルクはそのために無調をとりいれたというのは,どういうことでしょうか?」
これは,音楽の中で感情をどのように表現するかというロマン派とシェーンベルク(特に表現主義)のアプローチの違いによるものです.どちらも感情表現を追求しているのですが,表現したい感情の種類や目的,音楽言語の選択が大きく異なります.
1.ロマン派の感情表現:調性の中でのドラマ
ロマン派では,調性を基盤とした音楽言語を使いながら,感情の起伏や物語性を表現しました.
- 調性による方向性: 調性音楽では,「緊張(例えば転調や不協和音)」と「解放(調的安定や和音解決)」を通じて感情の流れを構築します.調性は音楽が進むべき方向性を提供し,感情が整理され,リスナーに明確に伝わるように設計されています.
- 美と秩序: ロマン派音楽は,美的感覚や秩序を重視し,感情の激しさや葛藤があっても,最終的には調性の秩序の中で解決されます.
例)ベートーヴェンやマーラーの交響曲では,深い苦悩や葛藤を描きながら,最後には調性に基づく解放感を提供します.
2.シェーンベルクの感情表現:無調による内面的真実
シェーンベルク(特に表現主義の時代)では,従来の調性では表現しきれない極端な感情,精神的な不安や混乱を描くために無調が選ばれました.
- 調性の制約を越えた表現: 調性音楽の「秩序」は,ある種の安定や和らぎを伴います.しかし,シェーンベルクが目指した感情表現は,**安定や秩序を超えた極限的な感情(恐怖,絶望,不安など)**でした.調性はこれらを適切に表現するには制約が多いと考えられました.
- 混沌とした内面的感情: 無調は,調性の「中心」を持たないため,音楽に方向性がなく,聴き手に不安や緊張を強く感じさせます.これは,シェーンベルクが表現したかった内面的な混乱や感情の流動性を直接的に反映しています.
例)《 Erwartung 》(1909年)では,調性が完全に放棄され,孤独や混乱,不安などの心理的状況が直接的に描かれています.
3.感情表現の哲学の違い
ロマン派の哲学:
- 感情は秩序立てて,人間の美と崇高さを反映するものとして表現される.
- 感情の普遍性:個人的な感情でも,普遍的な価値(美,愛,救済など)に昇華され,リスナーと共有される.
- 調性音楽は,この秩序と普遍性を保証するものとして機能しました.
- 感情は内面的で主観的なものとして,混沌,矛盾,極限的な体験をありのままに表現する.
- 個人的で断片的な真実:ロマン派の普遍性に対して,表現主義では個人的な感情や心理状態を中心に据え,その複雑さや不安定さをありのままに描こうとしました.
- 無調は,この個人的な「真実」を妥協なく表現する手段でした.
4.時代背景の違い
- **ロマン派の時代(19世紀)**では,感情は「美しいもの」として音楽的に整理されることが求められていました.これは,社会や文化がまだ調和と秩序を重んじていたためです.
- **シェーンベルクの時代(20世紀初頭)**は,第一次世界大戦前の不安定な社会情勢や価値観の変容が進む時期でした.この時代の感情は,調和や秩序では表現しきれないほど,内面的で混沌としていました.無調は,この時代の不安定な心理を音楽的に表現する手段でもありました.
5.具体的な例
- ロマン派音楽(たとえば,マーラーの《交響曲第5番》)は,深い悲しみや苦悩を描写しますが,最終的には調性の枠内で救済や解決を与えます.
- シェーンベルクの《Erwartung [期待]》では,調性の枠組みを完全に放棄し,感情が行き場を失ったような混沌とした心理状態が描かれます.ここには「解決」や「救済」は存在しません.
結論
ロマン派では,感情を秩序立てて美的に表現するために調性が用いられましたが,シェーンベルクは,秩序や解決を拒否する混沌とした感情の真実を描くために無調を採用しました.両者の違いは,音楽が感情を表現する際に,「秩序」と「混沌」のどちらを選ぶかという哲学的な選択によるものです.